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むとう有子をとりまくうるさい人たちの声


No.37
   あっていろいろ

  高橋 喜久子

 今、地球上で繰り広げられている人間の罪深い所業をみていると、絶望して言葉もない。それでも深々と更ける夜空に輝く星のきらめきを支える摂理を思う時、返礼するものもあろうかと、この世の煉獄を生き抜こうと思っている。

 百五十億光年の宇宙の甕(かめ)の底は、死んだ者で一杯だ。けれどそのきらめく死者からみれば、私たちの星こそ甕の底に喘いで見えるだろう。
 突然、伴侶を亡くされた有子さんの三度目の選挙の一年が過ぎてみると、今は先ずは運命への鉾(ほこ)を納めて、未来も過去の扉も開け放たれたままの、この熱い風に乗って、「共生」の考えなくしては救えない人類の危機に「力借すか!」という風になったとしか思えない。そして皆さんや私という支持者。氷河が崩壊している音を聴きながら、中野の永遠の子どもたちである悪餓鬼のなんと雄々しい出陣風景だったことよ。最早生きることは愛すること、革命しかないと喝破した西欧の詩人ではないけれど、それがこの頃では路上の立ち話でも通じる。女も強くなりました。

 ビラ撒きに通勤ラッシュの男女の人の流れをみると、巨大な回遊魚の迫力がある。不特定多数に声をかける選挙戦など愚かなりという人もある。しかし、健康な魚群に子どもが歓声を挙げた瞬間、「む?君たちの海は大丈夫か」と視点を振る有子さんの頭の回転があれば、路上に桃太郎旗を立てる努力の全部がゼロとは言い難い。場所取りに出勤前の朝ぼらけ。通いつくした男性の労働あってのこと。その男性から、有子さんと一緒に選挙の四方山苦労話を聞きたいな。それからいろいろな人に会いたいな。勿論食べながらね。

 

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