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カトマンズからの便り

        ―可か否か、ネパール制憲議会選挙―

 外はまだ暗い。マンバハダル・ビュジュル(27才)は朝早く起き5時には露店商のため通りを掃き清める。それが彼の仕事だ。彼が生まれたのは東ネパールの山間部、しかし、現在はカトマンズの外れの一間のアパートに住んでいる。彼は読み書きができない。子供を学校にやるために懸命に働いている。
 そして、政治の必要性も知っている。教育の必要性も知っている。私にも読み書きができたらもっといい仕事がてきるのに・・と呟く。彼の二人の兄弟は現在サウジアラビアに移住して働いている。

 選挙管理委員会による投票を呼び掛ける広報ポスターは街中のアチコチに貼られていた。主要政党も党旗をかかげ支持を訴えていた。
 私はさらに彼に質問を続けた。
 どのように政治を理解している?
 政治は私の子供のために何もしてくれていない。しかし、私は仕事をしなければならない。私は前回の選挙の時にも投票に行った。しかし、何も変わっていない。
 さらに私は質問を続けた。
 「選挙をする必要はある?」
 「選挙・・?」すべきか否か?
 「私の生活には何も関係ないけどね・・」
 と彼は悲観的な表情を浮かべた。

 各候補者と党の幹部は票獲得に連日走り回って、暫定政府は投票日に混乱が起きないように安全面を気遣っていた。軍が街角に立ち任務に付き、また世界55ヶ国から7万人ものオブザーバーが選挙監視にネパールに来ていた。国連、EU、カーターセンター、タイのNGOなどだ。
 しかし、前回に比べて有権者は冷めているように私には見えた。若い世代は海外に仕事の場を求めている。中東、マレーシア、韓国などに職を求めているのだ。

 26才のラムビラ・ヤダフは包丁研ぎの仕事で毎日カトマンズ市内を歩いている。彼は私のカメラに向かってポーズをとった。彼はあまりネパール語が話せない。(ネパールでは共通語と各民族の言語がある)しかし、選挙の意味を理解して、当日は故郷のテライに戻り投票に行くと話す。私は誰に投票するのか聞いてみた。
 「プラチャンダ(マオイスト派)かマデシフォーラム(南部の地域政党)。フォーラムは私たちのために闘っている。彼らは新しい勢力だ。古い政党にはもうこりごりだ」と話した。

 バイジャ派(プラチャンダ派から離別)は選挙戦の妨害を図っていた。
 その一方で統一共産党(UML)とネパール会議派(NC)はそれぞれ前回選挙より力を入れて闘っていた。
 これに対しマオイスト派は両党を形骸化していると非難していた。

 そして、2013年11月19日に投票は行われた。大小含め122の政党、グループ,11000人の候補者が出馬していた。
 1250万人の有権者が投票でき、投票率は選管発表で80%以上であった。
 カトマンズ・バリーの冬は冷え込む。しかし、政治状況は急激に加熱していった。貴日本が送ってくれた投票箱に有権者は投票をした。

 そして第一党に選ばれたのはネパール会議派、第二党が統一共産党であった。マオイスト派は大幅に議席を減らした。
 (ネパール会議派196議席、統一共産党175議席、第三党がマオイスト派80議席。<共同12月3日伝、訳者注>)







     文と写真:ビビ・フンヤル 訳:志鎌 誠