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16/10/3

カトマンズからの便り

『シバ寺院・II』

カトマンズの中心地,ダルバール広場の中にあるシバ寺院にいると,3分も経たないうちに必ず誰かが話し掛けてくる。海外からの観光客や地元の人たちが大勢たむろしている「名所」である。したがって私などは少し時間があくとフラッとそこに出かけ,新しい友達と対面し話をして,新しい情報を得ている。話す内容はネパール社会のことから学校のこと,食べ物のことまでまちまちである。言葉は主に英語を使っている。ネパール国内では若ければ若いほど,都市に行けば行くほど英語を話せる人間が多くなる。日本の常識では学校で6年間(または10年間)勉強しても日常会話すらできない,だろうが,ネパールでは学校で勉強すれば英語を話せるようになる,が常識である。(本当に日本の英語教育ほどムダなものはない!)

中には日本語で話し掛けてくるネパール人もいる(ネパールでは日本語が第二外国語で日本語学校も所々にある)。去年は一度,俳句のレクチャーを受けたこともあった。俳句は世界で一番短い詩で,今世界的に広がっている,「古池や・・・」云々と。

そして,この場所にたたずんでいる連中の中に多くのツアーガイドがいる。彼らは外国人観光客を見つけると,声をかけ,交渉が成立すると市内観光やヒマラヤのトレッキングガイドをして収入を得ることができる。私の親友バルもその一人である。彼はインターネットを使って連絡をして仕事もしている。古い方法でも新しい方法でもとにかく彼らは仕事をしなくてはならない。去年の10月,ドイツ人12人を案内してアンナプルナの5,000メートル級の山に出かける予定であった。しかし,その直前の9月,イラクでネパール人人質12人全員が殺害されたことがきっかけで若者たちが暴徒化してモスクや人材派遣会社を襲撃した事件が起こり,カトマンズは「外出禁止令」が発令されてしまった。その結果,ドイツ人のグループは計画を延期してしまった。そして,再交渉の上,今年の3月に変更された。しかし,そのまた直前の2月に“国王のクーデター”が起こり,バルの顔はまた青ざめてしまった。しかし,電子メールを通じて登山に出かける外国人には何も影響がないから心配しないで,と説得をして,無事ドイツ人グループは3月に来ネしてバルとその同僚たちはガイド及び ポーターを務め収入を得ることができた。

ネパールの唯一の資源は観光しかない。しかし,内戦が9年間も続き,次々事件が起きる度に観光客は減少してしまっている。経済は凋落して,国民は生活に苦しみ,自信と希望を失ってしまっている。雄大なるヒマラヤは今,どのように見つめているのだろうか?

ネパールレポーター
志鎌 誠
連絡先
Tel & Fax:03-3386-6053
Eメール: sikamac@yahoo.co.jp