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カトマンズからの便り

ネパール社会のこの頃 2007年3月7日

昨年(2006年)の4月,国王ギャネンドラが再敗北,政治権限を再び国民に戻しました。その後,その代表であるべき政党側(7党の連合)とマオイスト派(革命軍)が協議を重ね,途中から要請を受けた国連が仲介に入り,11月21日に首都カトマンズで正式和平調印が行われました。したがってヒマラヤの国ネパールの本流は「平和への道」をゆっくり進んでいます。しかし,まだ不安材料は残されています。

年が明けた今年1月にはマドヘシと呼ばれるインド系の住民が自分たちの権利(選挙権等)が依然抑えられているとして政府に抗議,インドとの国境を接する南部地方一帯(テライ)で暴動が発生しました。私の親友バルはヒマラヤ等のトレッキングガイドを仕事にしていますが,このような暴動,事件が起きるたびに「せっかく戻りつつあった旅行客がまた減ってしまった・・・」と嘆いています。これと言った産業のない小国にとって観光が唯一の資源です。海外からの旅行客が減ると,直接,旅行会社,ホテル,レストラン,土産物店等被害を被るところは勿論のこと,回り回ってネパール経済(社会)全体に悪影響を及ぼしてしまいます。バルの奥さんは路上にゴザを敷き,バナナ等の果物や野菜を売る商いをしていますが,一家の生活は二進も三進も行かなくなり,現在一人息子を中学校に通わせることもできない有様だということです。(日本とはちがい小・中学校でも授業料が必要です)

今現在,国連によってマオイスト派と政府軍の銃類の武器管理が進められています。そして,今年の6月には「憲法制定議会」の議員を選ぶ国政選挙が行われる予定です。これらの取り決められたことが予定どおり行われ,どんな事態になっても何人(なんびと)といえども武器を持たないことが守られればいいのですが・・・。そして,併せて貧困から脱却する道を進めて行かなくてはなりません。(ちなみにネパールの多くの人たちは日本の敗戦後の経済復興を大変評価してい ます)
どうぞ皆さんもこれからもヒマラヤの国を注目し続けてください。

*ネパールに行ってみたい方はご遠慮なくご連絡ください。

志鎌 誠

―ネパールと私―
1999年 初めてネパールに旅行する
2002年 ランタンにあるキャンジン・ゴンパ(3,800m)に登る
2004年 取材のため半年間,滞在する
同年 8月 ランタンのゴサインクンド(4,380m)に登る
今までに『デイズジャパン(2005年)』や『JANJAN(インターネット 新聞)』にネパールに関する記事を掲載
バルをはじめ大勢のネパール人の友達を持ち,Eメール等で情報交換をしていま す

連絡先
Tel & Fax:03-3386-6053
Eメール: sikamac@yahoo.co.jp